オプションの値段を表すインプライドボラティリティー
オプションの価格は現在価格からどれくらい離れているかや残存日数、相場の雰囲気(これから先はしばらく清寂の相場が続くだろう、ここ数日間で相場が一気に下がったので翌日以降も大きく下がるか大反発するかで大きく動くことが予想される)によっていくらでも変わってきます。オプションの価格が実際にどれほど高いのか価格を見ただけでは分かりません。そこでインプライドボラティリティと言う値が使われます。インプライドボラティリティの説明をする前にボラティリティの説明をします。ボラティリティとは株式指数が正規分布に基づいて変動する仮定の下、株式指数がどの程度激しく変動するかを表すものです。ボラティリティが大きければその株式指数は変動が激しいことを意味します。ボラティリティとは大きくわけてヒストリカルボラティリティとインプライドボラティリティの二つがあります。ヒストリカルボラティリティは株式指数の過去一定期間の騰落率からどの程度変動が激しいかを数値化したものです。一方インプライドボラティリティはオプションの満期までの期間において株式指数がどの程度を激しく変動しそうかを数値化したものです。オプションの価格は実際にはオプション市場に参加されている投資家やオプションディーラーが取引を重ねていった結果形成された均衡価格であり、それをボラティリティに変換したのがインプライドボラティリティです。
インプライドボラティリティの算出にはブラックショールズ方程式が使われているのですが、もし株式指数が本当に正規分布に基づいて連動するのであればどのストライクのオプションもインプライドボラティリティの値は同じになるはずですが、オプション市場で取引されているオプションのインプライドボラティリティは実際にはストライクごとに異なります。一般的にはゴール側よりもプット側の方がインプライドボラティリティの値は高くなります。ストライクとインプライドボラティリティの関係をグラフにするとカーブが見られます。人の口元が笑っているように見られることからよくボラティリティスマイルと表現されていたりします。これはオプション市場で取引する投資家はゴール側よりもプット側の方が変動が激しいと見込んでいることを意味します。これは株式投資をすでに続けている人であれば経験的に理解していることでありますが、買いよりも売りのほうが激しいことはよくあることで、その極端な例がリーマンショックやコロナショックに見られるような短期間における大暴落相場です。なぜ買いよりも売りの方が早いのかと言うのは諸説ありますが、一つの理由としては買いよりも売りの方が素早く実行できる点が上がると思います。機関投資家は株式や債券を買う場合は限られた余剰資金を使いますが、売る場合は既に保有している株式を現金化するだけなので、大きく相場を動かすポテンシャルは売りに軍配が上がります。また、もう一つの理由としてレバレッジをかけている投資家は保有株式が大きく下がると追証売りが要求されますが、保有株式か大きく上がってもさらに買うことは要求されません。これにより売りが売りを呼ぶ展開に繋がります。以上により株式指数は実際には正規分布に基づいて変動するわけではなくある程度ゆがんだ分布に基づいて変動していることが考えられます。その歪み度合いは専門用語でスキューと呼びます。
株式指数は実際に正規分布に基づいて変動しているわけではないにせよ、では実際どの程度ゆがんだ分布に基づいて変動しているのかについては難しい問題です。もしオプション市場が効率的であればどのオプションを買っても超過リターンアルファを得ることができないはずです。オプションの超過リターンはオプションに先物を加えてデルタ値をゼロにした合成ポジションを用いてバックテストを行えば参考になる直を出せるはずです。ひょっとしたら、オプション市場が想定しているボラティリティスマイルはいきすぎでもう少し正規分布に近いのかもしれないし、逆にブラックスワンに対する警戒が薄くボラティリティスマイルのカーブはもっと急のほうが適切なのかもしれません。
そこで過去15年間の日経平均の時系列データを用いて残存日数30日のあらゆるストライクのコールオプションを用いてバックテストを行います。過去15年間の日経平均の月次リターンは0.61%なので ATM コールオプションの月次リターンは0.31%になるようにインプライドボラティリティの値を求めます。また ATM から離れたコールオプションについてはインプライドボラティリティの値によってデルタ値が変わってきてしまいますがインプライドボラティリティを変更し満期まで保有した場合の期待リターンをそれぞれ求めもっともらしいインプライドボラティリティを求めます。このようにして過去15年間の理論上のインプライドボラティリティ(ヒストリカルボラティリティと表現した方がいいのかもしれませんが)を求め、オプション市場によく見られるボラティリティスマイルと合わせてグラフにしました。理論上のインプライドボラティリティはオプション市場が想定しているほど実際の株式指数は歪んでいないということを示しています。これぐらいのことは機関投資家であればわかっているはずでありますが、それでもプットオプションをコールオプションよりも大きなインプライドボラティリティで取引しているのは、プットオプションがポートフォリオを守る保険としての役割を発揮することに価値を見出しているからでしょう。株式指数とプットオプションからなる合成ポジションの期待リターン値は株式指数を単純に保有する場合と比べ大きく下がってしまいますがリーマンショックやコロナショックなどの破壊的な相場(負の複利)から自身のポートフォリオを守ることができ、最終的なパフォーマンスは両者とも大体同じになります。ポートフォリオを守りたいと考える人たちにとってはプットオプションの超過リターンアルファがマイナスでも問題ありません。負の複利から守るためにプットオプションはインプライドボラティリティーが大きな値で取引されていますが、逆にいえば、オプションを中心に取引する人にとっては、プットオプションをいかに上手く売るかが超過リターンアルファを獲得することにつながりますので、重要なテーマとなります。