マンション投資のシャープレシオ論

株式投資と並んでメジャーな投資対象として現物不動産があります。現物不動産のリターンは実際の大きく分けてインカムゲイン、キャピタルゲインの二つに分けて考えることができます。実際のところマンション投資は果たして儲かるのだろうかということで、早速分析してみようと思います。(この記事は2021年9月5日当時のものです)

目次

不動産のインカムゲインについて

不動産を賃貸することで得られるインカムゲインの利益の根拠

そもそも現物不動産を賃貸に出すとき、貸主と借主という二つのサイドが発生します。それぞれの立場で「部屋を借りたいのですが、もっと安くできませんか」「うーん、ちょっと難しいですね」といったやりとりが発生しますが、最終的には双方が納得する家賃で賃貸契約が合意されます。現物不動産がインカムゲイン資産として成り立っているということは、金銭的には貸主は利益を得て借主は損失を出します関係が成り立ちます。なぜ借主は利益を貸主に渡してまで部屋を借りるのかといえば、様々な事情が考えられますが、以下はその一例です。

  • 地震・水害等で発生する損失からフリーになる
  • 孤独死等告知事項が発生した損失からフリーになる
  • ライフスタイルに変化(結婚、離婚、転勤、その他)柔軟に対応できる
  • 福利厚生が厚い企業にお勤めのサラリーマンなら家賃補助が出る
  • 家を買えない、住宅ローンが組めないから(学生、自営業者等)

借主の様々な事情を貸主が解決するため、貸主は不動産から利益を得ることができるとも考えられます。(とはいえ、不動産所有の有無は格差の要因の一つになるため、政府は国民向けにフラット35という住宅ローンを提供しており、家を保有することを積極的に奨励しています。)

キャップレート

不動産投資の場合、不動産の収益性を表す数値として表面利回りがよく用いられます。しかし、賃貸経営ではいくら入ってくるかよりも、いくら入ってきていくら出て行ったかといった収支のほうが重要です。実質的な収支を元に不動産の収益性を表す数値を還元利回り(キャップレート)といい、機関投資家は表面利回りではなくキャップレートを不動産の投資判断に用います。不動産投資のキャップレートがどの程度なのかについては、すでに大型物件を保有して実際に運用を行っている投資家に聞いてみるのが早いのですが、幸い、日本の東証市場に上昇しているREITの保有物件がどの程度の利回りで運用されているのかについて、株式会社ICI様のサイト「CapreteMAP」で公開されています。キャップレートをいくつか取得してみました。

ケース1.「パークアクシス目黒本町」
築年数16年キャップレート3.9% 稼働率94.8%

ケース2.「プライムアーバン豊洲」
築年数16年 キャップレート4.2% 稼働率97.4%

ケース3.「レジディア虎ノ門」
築年数15年 キャップレート3.5% 稼働率100%

以上より、都心の中古マンションのキャップレートは3.5~4.2%であることがわかります。

実質インカムゲイン

Marbles lined up in an orderly fashion

上で不動産投資のキャップレートの具体的な値を拾ってきましたが、不動産本体の価値の消耗について検討しないといけません。不動産は法律で耐用年数が定まっており、木造建築の場合は22年、RC造の場合は47年となっています。不動産は土地+建物からなりますが、建物の価値がゼロになるのは木造の場合は22年、RC造の場合は47年ということです。実質インカムゲインがわからなければ、不動産投資について株式や債券と同じ土俵で検討することはできません。

幸いなことに、 実質インカムゲイン についても日本の東証市場に上場しているREITが決算月毎に提出している決算書から、保有不動産の平均的な 実質インカムゲイン を求めることができます。J-REITはたくさんの物件を保有していますので、全保有物件合計の賃貸事業損益と時価から 実質インカムゲイン が算出できれば、一部屋のマンションの 実質インカムゲイン の目安として当てはめることができます。J-REITのサイトが「不動産投信情報ポータル」という名前でありまして、このサイトから各J-REITの決算情報をダウンロードできます。決算書では建物の価値の消耗を「減価償却費」という項目で評価しています。

ひとまず、3269「アドバンス・レジデンス投資法人」の2021年1月期決算短信(REIT)を覗いてみましょう。「賃貸事業損益」と「有形固定資産額」の二つを拾い上げ、 実質インカムゲイン =「賃貸事業損益」÷「賃貸等不動産の時価」により求めます。当決算短信は6か月分の決算のため、1年あたりの賃貸事業損益を求めるために×2をします。

  • まず賃貸事業損益
A.不動産賃貸事業収入
 賃貸料収入14,806,016
 共益費収入   851,683
 不動産賃貸事業収入合計 15,657,699
B.管理業務等委託費用 
 公租公課   894,870
 管理業務等委託費用 1,181,136
 水道光熱費    205,986
 修繕費    716,149
 損害保険料     25,226
 減価償却費  2,802,349
 不動産賃貸事業費用合計 5,825,716
C.不動産賃貸事業損益 9,831,983
「※1.不動産賃貸事業損益の内訳」から抜粋した情報に、住宅不動産投資を検討する個人の方向けにアレンジしたもの
  • 次に賃貸等不動産の時価
期末の時価        619,542,000
  • 以上から求まる不動産の実質インカムゲイン

実質インカムゲイン=「1年分の不動産賃貸事業損益」÷「有形固定資産合計」
         =2×9,831,983÷ 619,542,000
         =3.17%
(ちなみに表面利回りは 「1年分の不動産賃貸事業損益」÷「有形固定資産合計」 で、約5.1%になります。)

不動産投資の実質インカムゲインは計算した結果3%前後になりました。

神の手

よく「都心の物件よりも都心郊外や地方の物件のほうが表面利回りが高いからお得」という話を聞きますが、市場には神の手というものがありまして、理論上は、個として魅力的な不動産は存在せず、皆、実質インカムゲインが等しいということです。個としての魅力的な現物不動産をくまなく探しているのは何も個人投資家だけではありません。無数の不動産会社や賃貸管理会社の方が不動産流通情報に詳しいはずで、美味しい案件があれば個人投資家に回さずに真っ先に業者の間で物件取得競争が始まるはずです。新規顧客を獲得する目的で美味しい案件を一般向けに公表する例もありますが、個人投資家同士による争奪戦が激しく数日のうちに消化されます。美味しい案件を我先にと消化されていくことで、個としての投資魅力度は均等になっていきます。逆にいえば、目をつぶってマンションを買っても平均に近い成果を出すことができるということです※。不動産会社や賃貸管理会社ほど不動産投資に割くスキルも時間もない個人投資家にとって、効率的な市場であることは歓迎すべきですね。
※良心的でない売り手もいますので、適正価格は必ず確認しないとダメです。

神の手は都心・地方といったエリア間の調整を行うだけではなく、マンションとアパートの間の調整も行います。

不動産のキャピタルゲインについて

不動産で卓越したリターンを狙うなら、積極的にキャピタルゲインを狙っていきたい

不動産投資のインカムゲインは約3%であることがわかりました。(キャップレートは時期によって代わるので不動産投資を行う前にチェックしましょう。)

インカムゲイン約3%はなかなか魅力的ですが、不動産投資のリターンがこれだけなら株式投資に劣ります。不動産にも価格があり、価格があるものには当然売買が発生します。不動産から大きなキャピタルゲインを得られるのであれば、株式と対となる攻めの資産になるかもしれません。そこで、不動産の価格が上昇する要因をまとめてみます。

(1)名目GDP成長

名目GDP=実質GDP+インフレ率ですが、名目GDPと不動産価格には相関関係があります。名目GDPの変動に対し東京の不動産は早く反応し、地方の不動産は遅れて反応する、という細かい話もありますが、全体的には下記の表のとおり相関します。日本の名目GDP成長率は1.0%前後※なので、名目GDPを理由に不動産の値上がりを期待するのは難しいです。
※政府の国債の支払利息を抑えるために異次元の金融緩和が行われています。インフレ率が2%を超えるまで金融緩和を続けると日銀は表明されていますが、消費者物価指数の上昇率が一般家計が感じる上昇率と合っておらず、実際はインフレ率はもっと高く、名目GDP成長率はもっと高いと思います。もっとも、実際のインフレ率に対し金利が低く抑えられているなら住宅ローンの実質金利はマイナスのため、借金して家を購入するのは合理的といえます。)

(2)ローン金利の低下

不動産はローンを利用して購入するのが一般的なので、ローンの金利が低下するとその分購買力が増すので不動産の価格が上がります。また、不動産を賃貸資産として取得する場合も、ローンの金利が低下すればその分利ザヤが拡大しますので、拡大した利ザヤを獲得しようと不動産の取得が積極的に行われ、不動産の価格が上昇します。逆に言えば、ローン金利の上昇は不動産価格には低下圧力になります。

現物不動産は死を意識した投資対象としては卓越していると思います。現物不動産を購入する時大半のケースで金融機関から資金を借り入れると思いますが、団体信用保険の特約付きであれば、借入した人間にもしものことがあれば、残債は機関が代わりに引き受けてくれます。遺族には現物不動産が残ります。つまり団体信用保険の特約付ローンで購入した現物不動産はある種の生命保険の役割を果たします。また金持ちのご子息やその孫が資産を食い潰すという話はよく聞きますが、現物不動産であれば売却に一苦労するので資産の食いつぶしに一定の歯止めをかけることができます。自身がこの世を去った後も子孫の繁栄や安定に現物不動産は一役買うことができるのです。最もご子息やお孫さんに高いファイナンシャルリテラシーを身につける機会があれば、インデックスファンドが相続されても問題ないと思います。

(3)マンションの事情によるもの

タワーマンション等大規模物件を新築で購入する場合、その後値上がりするケースが多いようです。逆に小規模物件の場合は購入後に値下がりするケースがあると思われます。大規模物件と小規模物件の販売の違いの一つに広告宣伝費があります。一般的に、販売戸数が多くなるごとに一戸あたりの広告宣伝費は小さくなります。特にタワーマンションのような目立つ物件の場合、住宅誌やマンションブログが勝手に話題として取り上げてくれるので、広告宣伝に関する負担は概して低くなります。一方、小規模物件の場合は戸数の割に広告宣伝の負担が大きくなってしまいます。特にタワーマンションは広告宣伝費を抑制できる分、小規模物件よりもマシな価格で販売されているといえます。

中古の場合は大規模物件、小規模物件とも適正価格でやり取りされるため、特段な理由(相続対策による売出など)をのぞいて周辺より安い物件を見つけることは難しいでしょう。

(4)エリアの事情によるもの

数年や数十年にわたって再開発が計画されている街で、もし計画が実行に移されたら、再開発によって街の実力が上がり、この街に住みたいと考える人が現れるため、家賃・不動産価格ともに上昇します。再開発計画は市区町村の情報を調べればある程度出てきますし、大手不動産企業や一部の市区町村に近い人しか知らない情報もあると思いますが、いずれにせよ不動産市場には再開発計画が一定程度織り込まれます。しかし、再開発自体が実行されないもしくは途中で頓挫するリスクがあること、計画段階では将来の街の魅力を完全にイメージできないこと、などの理由で完全には織り込まれません。

最も、近隣のエリアで再開発が行われると、あのエリアでこの価格・この家賃ならこのエリアの価格・家賃はこう設定しようと、値上げ追従の動きが生じるのと、都心の場合はあちこちで再開発が行われているので、都心であればどこかの街で再開発が行われれば家賃・不動産価格にプラスと考えることはできます。

つまりキャピタルゲインはどれぐらい期待できるの?

  • 平均的には名目GDP成長率分だけ期待できる。(日本の名目GDP成長率は1%前後)
  • 金利動向に賭けて勝てば金利低下分の価格上昇をとれる。
  • 新築物件や中古物件で周囲より安い物件を見つけて購入すれば多少の値上がりを期待できる。
  • 再開発計画エリアへの投資が成功すれば、多少の値上がりを期待できる。
  • ちなみに不動産購入時にかかる不動産取得税の影響で、物件価格の-4%~-5%の損失を出した状態で不動産投資を始めることになる。

実際には 不動産購入時にかかる不動産取得税の影響で、物件価格の4~5%の損失を出した状態で不動産投資を始めることになります。 資産が回復するまで1~2年ほどかかるわけですね。

不動産の実質トータルリターンはどれぐらい?

2021年日本の場合、
不動産の名目上のトータルリターン=不動産賃貸のリターン+名目GDP成長率
                =約3.0%+約1.0%
                =約4.0%
不動産の実質トータルリターン=不動産賃貸のリターン+実質GDP成長率
                =約3.0%+約0.5%
                =約3.5%
(参考:株式の実質リターンは長期的には年間6~7%。)
結論:平均的な不動産投資は、債券や金よりは儲かるが、株式よりは儲からない

不動産と金融市場の相関関係について

不動産はGDP成長率の影響を受けるものの、政策金利の変動にも影響を受けます。不景気になればGDP成長率は減速しますが、景気テコ入れのために政策金利が下がることでマンション価格はバランスします。国内の不動産が日経平均とどの程度連動して変動するかを調べるため、国土交通省のサイトから不動産価格指数の時系列データを取得し、日経平均の時系列データと比較した結果、グラフと相関係数は以下のようになりました。

不動産価格指数は不動産の取引価格情報をもとに不動産価格の動向を指数化したものとされていますが、実態をどこまで反映しているかは謎です。しかし、日本の現物不動産は株式と異なり価格は滑らかに推移しておりある種のバランスファンドと同様な動きをします。この期間中、金利は低下し続け、マンション価格は家賃に対し大きく上昇してきたため、バリュエーション自体は悪くなっているのが難点ですが。

現物不動産との投資対象の比較としてよくJ-REITが登場します。J-REITも現物不動産を使って賃貸運用を行っていますが、日本の東証市場に上場しているという点が逆にデメリットで、相関係数自体は0.07とかなり低いのですが、金融危機時(リーマンショック、コロナショック)では日経平均と一緒に大暴落してしまいます。肝心なときに分散が効かないのがネックです。

住宅用不動産の場合、住宅ローンの残債を大きく下回る価格で売り出す人は少ないのと、実際に住宅価格が大きく下がってしまうと一般家計に大きなダメージが入ってしまうので政府が何らかの救済を行うことから、過去の金融危機(リーマンショック・コロナショック)では大きく価格が下がることはありませんでした。J-REITとは対照的に大きく下がりました。

最も、住宅バブルが主因となってはじけた平成バブル崩壊では住宅価格が20年近く下がりました(失われた20年)。現物不動産もREITも過信はできません。分散投資は大切です。

最後に、各資産のリスクとリターンの相関図に東京の現物不動産を追記した図を掲載します(引用元サイト:my index様 加工:私)。東京の現物不動産はリターン:3.11%、リスク4.88%、シャープレシオは0.64です。(ちなみに日本株式のシャープレシオは約0.25で現物不動産に大敗しています

※グラフの外国不動産は外国REITのことです。

現物不動産ならではのその他の特殊なメリット

  1. アパートローンに団体信用生命保険の特約をつけることで、一種の生命保険としての機能を持たせることができる
  2. 収入が不安定な人で(自営業者や歩合性の営業職等)、1年の間に給料が集中してしまったとき、確定申告時で高い所得税を払わないといけないが、不動産所得税等で相殺できる。(高い所得税を払うぐらいなら、不動産投資の経費に回してしまおうということ)
  3. 資産をマンションで持つと、相続税評価額が大きく減るので、相続税を軽減できる
  4. 資産を現物不動産で持つと、売却に時間がかかり面倒になるため、資産家の子孫が資産を食いつぶすリスクを遅らせることができる(子孫の長期の繁栄・安定を狙う)。

まとめ

  • 不動産投資の平均的な実質トータルリターンは3.5%程度。債券や金より高く株式より小さい。
  • 一方、不動産投資のシャープレシオは日本株式と比べてだいぶよい。
  • 卓越したキャピタルゲインを狙えない場合、不動産投資は必須ではない。
  • J-REITと違って株式の相関はほとんどないため、分散投資の選択肢としては悪くない。
  • 生命保険・節税を行いたい方は現物不動産の購入は選択肢として上がる
拡散すべき内容に達していたらシェアをお願いいたします。
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